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2012年8月18日 (土)

「朝鮮隠し」 と 「日本神話」

朝鮮隠し」の第一歩は「日本神話」の作成から始まった。日本人の祖先の90%以上が朝鮮半島からの渡来人であるのに、日本列島の祖先は縄文時代以前から存在して来た倭人であり、連綿と存続して来たその子孫が弥生~奈良時代の人々であるという歴史が作られている。

 

変な話になるが、そのような歴史を創造したのは渡来人である。なぜそのような歴史を作ったのだろうか。「記紀」というまとまった古代の文献が渡来人によって書かれているのに、「記紀」の神話は悠久の昔から倭国に暮らし続けて来た人々の子孫が書いたものであり、「日本誕生の歴史を語っている」と多くの人は信じているだろう。

 

日本人は天から下って来た神の子が増大したものである」というカルチベイションが奈良時代ごろから強化されてきた。スサノオが天から降りて来たというフィクションを、燃えるような情熱をもって強調するあまり、多くの民は広大なロマンの世界に浸り、尊い先祖の子孫であることに自負を抱き、法悦の境地の中で一生を終える。

 

「白村江の戦」で新羅に破れ国を追われた百済人は、故郷を追われた怨念もあったであろうか、追われた身としてではなく「天から降臨した神の子」として新天地づくりに熱情を傾けた。自分たちの国として、自分たちの位置づけを明確化し、故郷に対する優越意識を高めるために、「朝鮮隠し」なるものを発揚させたのである。「日本」という国号を作り、「我々は日本人である」という意識高揚が、現日本人の祖先の位置づけを曖昧化させた。朝鮮系の地名・人名を変え<加羅→唐 高麗→呉 金→今>、その風潮は1300年経った現在も消えず、朝鮮の痕跡を顕在化させまいとする歴史が今でも点灯している。

 

「日本神話」の真実

 

二十一世紀というグローバル時代になっても、日本の歴史の真実は隠蔽されている。先進国と称される国で、日本のように古代史の真実を朦朧とさせる国はないだろう。それが習慣化している今日、もはや隠すという意識は消えて、まるで実際にあったかのようにヤマタノオロチを登場させる。フィクションが現実化し、描かれた神々の存在を柔軟に受容している。下記のような真実を語る人がいても、その真実について日本人は無言のままである。

ソウル市内の国立中央博物館で韓国の「檀君神話」 と「日本の建国神話」 を比較考察する学術会議が開催されたとき、アジア史学会会長 上田正昭氏の論文が事前公開された。その際、上田氏の「天孫が空から降りる韓国と日本の神話には類似性が多い」という記述に注目が集まったという。日韓の神話を比較研究してきた上田氏は、日韓の天孫は山頂に降臨しており、共通点が多いと主張。百済の神の存在が、日本で継続的に命脈を受け継いできたと指摘しているという。

 

日本の建国神話は、韓国の「檀君神話」の影響を大きく受けており、この事実は韓国だけでなく日本史学界でも認められているという。「日本神話」は、主に八世紀初めに書かれた「記紀」の記述がもとになっている。この説は、「駕洛国記」による韓国の降臨地「亀旨<kuji>」と「記紀」による降臨地「久志」の音がそっくりであることからも否定できないという。

 

日本にも朝鮮にも、「仏教」以前から「神道」が存在している。「神道」は、朝鮮半島の古代文化を形成した北方民族 (騎馬民族) のシャーマニズムに由来すると言われている。北方民族のシャーマニズムは「天孫降臨神話」をもっており、「天孫降臨神話」が日本にも朝鮮にもあるということは、騎馬民族によって形成された朝鮮文化の流れに日本も乗っていることになる。弥生時代から急増した朝鮮渡来人が、倭国へ「神道」をもちこんだのはごく自然な流れだろう。

 

梅原猛は「芸術新潮(2009)」の大特集「古代出雲王朝」で、「日本書紀の記録や出雲で発見された古墳・遺跡・大社の社などから判断すれば、スサノオは朝鮮半島から出雲へ来たという説が正しい。スサノオがヤマタノオロチを切った刀は韓鋤の剣であることからしても、スサノオが韓国から来た神であると考えるのが最も自然であろう。スサノオに始まる出雲王朝には朝鮮の影が強く差している。」と述べている。

 

さらに、梅原猛は、著書『葬られた王朝―古代出雲の謎を解く』で、「出雲王朝の創立者は韓国系と考える。その証拠に出雲王朝の遺跡から銅鐸が出てきた。銅鐸の起源は韓国の貴族が双馬馬車につけていた鈴だ。スサノオが韓国からきたとする説はますます有力になっている。新しい日韓関係を見せてくれる。韓国に注目しなければならない。古代日本にとって、韓国は文明国であったし、さまざまな文化を伝えてくれた。」と述べている。

 

 出雲市の斐伊川の上流に「鳥髪」という所がある。市町村合併によりその地名なくなったが、奥出雲の「鳥上小学校」「鳥上公民館」の「上<かみ>」は「髪」の音から転用した語である。AD四世紀ごろ スサノオは韓国の「소머리<somoli> 牛頭」から奥出雲の「鳥髪(とりかみ)」へ渡来し、「たたら流し」のリーダーとして名を成した人であるという。スサノオは砂鉄によって「草薙の剣」を作った偉人という伝説があり、「草薙の剣」はヤマタノオロチの尾にあった剣のことである。「記紀」の神話を書く際に、フィクションのモデルにされたのはスサノオであろうという説がある。奇妙に思うかもしれないけれども、「記紀」を書いたのは渡来人(主として百済のエリート)であり、「記紀」が書かれるより300年前の伝説の人 スサノオも渡来人である。「日本神話」の成立についてのこのような話は、現在の日本人にとって想像を超えた物語に聞こえるだろう。

 

소머리<somoli> 牛頭」と「鳥髪(とりかみ)」は同じ言葉で、「<so> 牛」が「<se> 鳥」に転訛し、「머리<moli> 頭 髪」は「鳥髪」の「」と同じ言葉であるという。スサノオが天から降りて来たという神話は、朝鮮の「天孫降臨神話」を模したものでフィクションに過ぎない。このような真実を、馬鹿馬鹿しい想像によるものであると影に移し、「記紀」が書かれて1300年たった現在ですら「スサノオ」と「ヤマタノオロチ」は日本神話の真髄である。朝鮮の影が映っている歴史は影に過ぎないと追跡せず、朝鮮由来の歴史は朦朧と曖昧化されている。従って、日本の古代史の書籍には「謎である」という解釈が目立ち、日本語のルーツは明治以来150年にたってもわからないのだから、今後も「謎だらけ」であろうと豪語する学者らしき人の書籍が店頭を飾っている。

 

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